東京電力のリスク対策の杜撰さと、東電の原発再稼動の是非

 16日付、朝日新聞デジタル版「マイタウン」で、「マイタウン 福井」の記事として、若狭湾エネルギー研究センターの専務理事、来場克美さんの談話が公開されてました。聞き取り構成者の記名は、山田理恵さん。

 若狭湾エネルギー研究センターというのは、福井県から、研究用の多目的加速器などの管理運用を委託されている財団法人。所轄は、経済産業省資源のエネルギー庁および文部科学省だそうです。


 「福島の事故は『想定外』の災害が原因と言われますが、私は違うと思います」と、語りだされる談話記事の内では、東京電力福島原発と、東北電力女川原発との比較を論じている箇所などに説得力が感じられます。

 ことに「東京電力は、東北電力のような津波対策をなぜしなかったのか。謝罪だけでなく、東北電力がしていた対策をなぜ当時施さなかったのかも、国民にきちんと説明するべきです」との意見には、同感と感じる人は多いはずです。
 アタシは、もちろん同感です。

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 今、日本各地の原発について、再稼動の是非を巡る論議は、3.11より前と変わらず、「なんとしても旧情復帰で再稼動」を目指す原発推進派の意見と、「なんとしても再稼動の阻止」を求める原発反対派の意見との両極に分かれている感があります。

 アタシ個人は、広い意味での中間派で、日本の長期エネルギー計画については、脱・原発依存派の意見です。
(具体的には、原発に供給される電力量は、20%〜25%に押さえ込んで、ベストミックが探求されていくといい、と思ってます)

 そんな中間派の立場で考えてみても、東京電力が、福島第1原発でレベル7といった大惨事を起こし、原子力安全・保安院の杜撰な管理体制や、原子力安全委員会が定めていた安全基準の甘さが、次々露呈されている(現在進行形)にも、関わらず、全国の原子力発電炉の再稼動の是非を一律に問おうとするかの情勢は、おかしいと思える。

 例外と思えるのは、福島県議会が、政府と東京電力に、「福島第2原子力発電所を含めた、県内全原子炉の廃炉を求めている」動き、くらいでしょうか。
 アタシは、東電ユーザーの1人としても、国民の1人としても、福島県議会の決議には支持票を投じます。


 それから、東電は、新潟県にも柏崎刈羽原子力発電所ももってる。
 こちらの原子炉再稼動については、立地自治体で是非の議論が盛んだと、伝え聞いています。


 アタシは、原則的には、原発再稼動の是非は、地域の総意に計られるべき、と考えています。
 首相の政治判断とやらを、県知事の政治判断で追認して是非を決する、そんな3.11より前の旧態然とした意思決定は、もう止めにしないと。

 原則的には上のように考えているアタシですけれど。
 東電ユーザーでもありますから柏崎刈羽原子力発電所再稼動については、特段気にかかります。

 現地には、原発関係で従事している方も多くおられるでしょうから、神奈川県民であるアタシがどうこうと、口を差し挟むのも控えるべきでしょう。
 それでも、次のようなことは言いたい。

 まず、ここで紹介している、若狭湾エネルギー研究センター専務理事、来場克美さんが、はっきりわかりやすく指摘されているように、東電の災害対策は、東北電力と比べるだけでも杜撰としか思えません。
 で、そんな杜撰な災害対策でよし、としていたのが、原子力安全・保安院です。

 野田首相は、安全・保安院のストレステスト(保安院が指導したテスト)は有効と言ったことが報じられています。保安院にしかるべき行政処分を下したわけでもないのに。
 3.11よりも前は、原子力安全・保安院が国会答弁(2011年)したような、チリ津波級の大津波が押し寄せても、メルトダウンが起きないような原子炉運用を監督してる、って主張を、国民が信任してきた形になっていたわけですけど。
 もう、そんな信任は、成り立ちません。メルトダウン起こしちゃったんですから。

 と、言った理由で、アタシとしては、今の東京電力には、原発の再稼動認めたくない。


 けれど、もし、新潟県で、原発再稼動の是非議論に合意点が見出し難いようだったら−−。
 1つの選択肢として「今、国会での審議が停滞している原子力規制庁が発足するまでは柏崎刈羽原発は運転休止(再稼動の是非は、規制庁発足後に、よりきちんとした査察を経て改めて検討)」とか、「大規模地震の可能性が70%超とされている向こう4年間、柏崎刈羽原発は運転休止」とかも、検討してみるべきではないでしょうか。

 少なくとも、中間派からそうした声が上げられてもいいと思います。

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 原発再稼動を巡る今の情勢の問題は、3.11より前の信任が、実際ご破算になってる状況なのに、3.11より前のやり方が、なし崩し的に続けられかねないことです。
 ですから、ある程度の期間、再稼動は休止して、その間に、透明性や公正さの高い検証や議論を進めた方がいいかと思います。

 こう言うと、原発休止は、日本経済にマイナスになるって対抗意見が聞かれると思います。
 まず、アタシもある程度のダメージは、短期的には生じると思います。
 しかし、もう1度レベル7級の事故が起きたら、その時こそ、日本経済に加わるダメージは大きくなるはずです。
 こう言うと、今度は、そんなことが起きないように、ストレス・テストをしている、と言った反論が聞かれるでしょうけれど。
 原子力安全・保安院が指導したテストなんかは信頼できない。そんな信任はもう崩れている、ってことが問題なわけです。


 で、今度は、極論として日本全国の原発が停止する状態を想定してみます。
 アタシがこの記事で論考しているのは、「柏崎刈羽原子力発電所など東電の原発再稼動の是非検討」について、なのですが。
 一時、「日本全国の原発が停止する状態」を極論として想定してみます。

 アタシは、1960年生まれでして、1970年代はじめと、70年代末〜80年代初頭にかけての2次のオイルショックの時は、ちゃんと物心がついていました。
 あの頃の大人たちも「日本経済は沈没する」みたいな風評におびえていましたが。実は、日本経済は、大きな危機を迎えて「それまでの方向から大きく舵をとった」後の方が活力を持つようです。
 2次のオイルショックのときもそうでしたし、1980年代後半の円高不況の後もそうでした。

 ですから、仮の思考実験としては、「日本全国の原発が停止する」事態になったとしても、それで日本経済が再起不能になる、とはアタシには信じられません。もちろん、ノン・ダメージということもないはずですが。

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 誤解の無いように書いておきますが、原発再稼動について、アタシの基本的な意見は、「地元の総意に計られるべき」です。
 ですから、例えば、もし、仮に、宮城県の方たちが「大津波にも耐えた女川原発を運営する東北電力リスク管理は信頼に足りる」と言った理由から、女川原発の再稼動を認めるような総意を形成されるなら。
 仮にそういうことになったなら、その時には、宮城県以外からどうこう言うことではない、と考えています。
 もし何か言えるとしたら、隣接諸県の住民くらい。


 ただし、「地域の総意に計る」方法は、もんだいですよね。
 この記事では、そこまで話を広げると、何の話題だったかわかんなくなるでしょうから、「地域の総意に計る方法は、もんだい」て指摘だけに止めますけれど。
 この件でも「3.11より前の旧態然としたやり方の、地元『説明会』」とかで押し通されてはかないません。「3.11より前のやり方」は、改善されないと。


【参照用コンテンツ引用】

若狭湾エネルギー研究センター専務理事朝日新聞デジタルマイタウン,2012年3月16日)
 福島の事故は「想定外」の災害が原因と言われますが、私は違うと思います。

 東京電力福島第一原発は1号機から3号機までが、メルトダウンする事態に陥りました。一方、宮城県東北電力女川原発3基は、そこまで至らなかった。この差は何でしょうか。
 女川原発は敷地の標高が14.8メートルあり、津波の被害を免れました。東北電力は立地前に有識者の会議や869年の大津波の痕跡調査などを経て、津波の想定を13.6メートルにしました。当時の国の安全審査ではそこまで高くしなくてもよかったはずです。立地後も2002年に土木学会で津波評価が出ると、安全性を再確認しました。つまり、東北電力津波を「想定」していたのです。

 一方、福島原発津波の想定は5.4〜5.7メートル。非常用発電機はタービン建屋の地下に置いていたため、津波で使えなくなりました。東京電力は、東北電力のような津波対策をなぜしなかったのか。謝罪だけでなく、東北電力がしていた対策をなぜ当時施さなかったのかも、国民にきちんと説明するべきです。
 福島の事故で、原発そのものが悪いかのように言われますが、私は違うと思います。原発を運転、管理する事業者が安全性を高めることを貫徹しなかったことが、問題だったのです。

 規制当局である国にも問題があります。なぜ、東北電力の対策を再評価し、規制に反映し、ほかの電力会社に改善をさせなかったのか。電力会社も国も、従来の安全対策をきちんとしなかった反省と検証なしに、新たな技術対策ばかりに目を向けています。
 原発を地域に立地することの重さや痛みを、国や電力会社は本当に分かっているのでしょうか。今後、原子力規制庁が発足しますが、東京からあれこれ指示を出すのではなく、それなりの人員を現地に置き、平常時も緊急時も対応するということを望みます。(山田理恵)

原子力規制庁を国会審議している間、再稼動/廃炉問題の検討は凍結(原発は運転休止)するといい

 ダイアモンド社のサイト、DIAMOND onlineにて、13日付で、自民党河野太郎衆議院議員へのインタビューが公開されていました。
 これは、「3.11−−あの日から1年/次世代に引き継ぐ大震災の教訓」と題された一連のコンテンツに含まれる「特別インタビュー」だそうです。
 聞き手の記名は、片田江康男さん。

 コンテンツの方にも、書かれていますけれど、河野議員は「電力行政の基礎を作ったのは、半世紀以上にわたって政権を担ってきた自民党」と、党の責任を早くから公に認めていた数少ない自民党議員。
 自民党の内で、「自民党が深く関わってきた原子力行政の仕組みついて検証するプロジェクトチーム」を立ち上げて、検証してられる。

 アタシは、自民党が「党として」自分たちが形を作った電力行政(原子力行政に限りません)の失敗を認めるまで、自民党の言うこと(党の言うこと)は、聞きたくないのですが。
 河野太郎議員や、福島県自民党議連(東電の福島第2原発を含めた、県内全原子炉の廃炉を求めてる)は、別です。

 個人的には、これらの方が、自民党を離脱していただいたら、有権者としての投票も楽に選択できるよねー、とか、思わないでもないですけど。
 まー、そーもいかないご事情が、それぞれおありなのでしょう。

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 さて、河野議員が、自民党内で進めてられる「検証」作業については、アタシは、興味をもちつつも期待待ちです。

 DAIAMOND onlineのコンテンツは、いろいろ興味深いものとは思います。
 自民党の内部にいてキャリアのある方から、既得権集団の構図、みたいなものを説明されると、やっぱりそうなのね、とは思っても興味深い。


 けれどここでは、インタビュー内で、特段関心を引かれた次のコメントについて書いておきたい。

民主党環境省原子力規制庁を作ると言っているがまったく理解できない。環境省は『地球温暖化対策で原発を』と推進していた。その下に規制庁をつくってしまっては、経済産業省のなかに、推進役のエネルギー庁と規制役の原子力安全・保安院があった構図と一緒だ。どうして、それで原子力行政が変わるのか。完全な独立した組織を作ることは、IAEAのスタンダードなんですよ。

 アタシは、政府が国会に提出した原子力規制庁関連法案の審議に、野党がなぜ応じないか、よくわからないでいます。
 けれど、河野議員の考えはわかりました。
 本当に「完全な独立した組織を作る」というお話で国会議論が進むなら、審議にも、ある程度の時間は必要でしょう。
 ただし、この件について、自民党の党議が、河野議員のお考えとは、今は思っていません。


 この件は「自民党内の検証」よりも直裁に、アタシたち有権者国民の利益/不利益に関わる論題です。
 だから書こうと思ったのですが。

 アタシが思うには、ここは、河野議員、及び、自民党には、「原子力規制庁のあるべき形をきちんと国会で検討する必要機期間の間、全国の原発は休止にする(再稼動なり廃炉なりは、きちんと原子力規制庁が発足した後、再検討)」と、公に明言していただきたい。

 それくらいしてもらわないと、原子力規制庁の発足を遅らせて、3.11より前のスタンダードでの原発再稼動を既成事実化しようとしてる、そんな風に国民に疑われても仕方ない。
 もうね、そんな盗塁の滑り込み狙いみたいなやり方で、再稼動とかしてほしくないです。

 原子力安全・保安院経産省自民党は、それくらいの(疑われても仕方の無い)ことを続けてきている(現在進行形)なのは、もはや明白、と思えますので。
 国会で、原子力規制庁のあり方を、きちんと審議してる間に、各原発の地質調査なり、各電力会社の過去の粉飾、隠蔽など、どんどん精査していけばいいではないですか。
 その上で、原子力規制庁が正式発足した後、再稼動なり廃炉なりを、個別の発電所ごと、個別の電力会社ごとに住民投票でもなんでもしていけばいい。

 こう言うと、必ず、「原発ゼロになれば、日本経済にダメージが」って言われるでしょうけど。
 盗塁の滑り込み狙いみたいにして、再稼動して、また事故起こしたら、今度こそ、取り返しのつかないダメージが、日本経済に及ぶはずでしょう。
 「そんなことにならないようにストレステストしてる」て、説は通りませんよね。盗塁滑り込み狙いのストレステストでは。


【参照用コンテンツ引用】

電力行政の基礎をつくった自民党にも責任あり/ウラで蠢く“電力族”はオモテに出て議論すべし――河野太郎・衆議院議員インタビューDAIAMOND online,2012年3月13日)

自民党議員として長年、原子力などエネルギー政策について取り組む河野太郎衆議院議員。震災直後の原子力事故対応の稚拙さについては菅政権を批判するが、その電力行政の基礎を作ったのは、半世紀以上にわたって政権を担ってきた自民党に一定の責任があると認めている。現在、党内でかつて自民党が深く関わった原子力行政の仕組みついて検証するプロジェクトチームを立ち上げ、そこでも厳しく自民党の取り組みを検証している。そんな河野議員に、東日本大震災から1年経って電力行政や事故対応について、次世代に申し渡すべき事項、電力システムをどう変革すべきかについて聞いた。
(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集部 片田江康男)


最低限やるべき/データ取得もできなかった
「やるべきことはデータをきちんと取ることだった。それができなかったことは一番の反省点だろう。どれだけの放射線による汚染を、人間と自然に与えたのかをきちんと把握するべきだった。そもそも起きてはいけない事故で、そのこと自体反省すべきだが、記録を取ることさえもできなかった。極めて不完全だった。
記録が取れれば、放射能の怖さや知見を後世に残すことができた。極めてお粗末な対応で、教訓としてそれも残すことができなかった。教訓さえも得られていないというのが、一番ダメな点だ。
スピーディ(SPEEDI:緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)によるデータが活用されないなど、政府による情報の公開も不完全だった。学者や原子力関係者は、『直ちに深刻な事態にはなりません』と言っていた。しかし、後になってみるとメルトダウンは起きているし、深刻な放射の汚染が広がっている。もう、国民は政府と原子力関係者の言うことなんて、まったく信用していない。信頼はゼロだ。」

―― 原子力行政の仕組みを作ったのは、過去、政権を半世紀以上にわたって取っていた自民党だ。

地域独占、発送電一体、総括原価方式等、こうした利権が今回の事故の温床だ。学者もメディアもみんなグルだった。原子力行政のトップである経済産業大臣は代々、自民党から出してきた。事故の対応は菅政権がマズかったが、そうした仕組みを作って来たのは自民党だ。これは誰も否定することはできない。
先日、自民党として長年取り組んで来た原子力行政の検証チームが立ち上がった。政治献金をいくらもらってきたか、そういったことを公開していくことが最初にやることだ。また、東京電力の副社長をやった人間を参議院で擁立候補として出して、彼に原子力行政の何をやらせてきたのかも検証する。

自民党としての提言はあるが/電力族の抵抗にあっている
――党内では、そうした検証チームの動きはどうみられているのか。

「私は、昔からエネルギーや原子力について取り組んで来た。『原子力では変わっているよね』と言われ続けて来たが、昨年の3月11日で周囲はまったく変わった。今は電力システムの改革派と守旧派でせめぎあっている。去年までは私一人だった。驚天動地変わっている。
しかし、抵抗はある。自民党としては原子力規制庁は完全に独立した形で設置すべきだと言っている。自民党として、電力行政全体の案もまとめたのだが、これの発表は守旧派の抵抗で止まってしまっている。

――その抵抗には、どう対処するつもりか。

「電力族がウラで動いている。オモテに出てこないんだよ。これは執行部の力で、なんとしてもオモテで正々堂々議論しようということにしなければならない。」

――今後、原子力行政はどう変わるべきか。

「まず、電力業界の根本を変えることだ。独立した送電網の確立、総括原価方式の撤廃、地域独占もやめる。電力業界を普通の業界にしなければならない。
民主党環境省原子力規制庁を作ると言っているがまったく理解できない。環境省は『地球温暖化対策で原発を』と推進していた。その下に規制庁をつくってしまっては、経済産業省のなかに、推進役のエネルギー庁と規制役の原子力安全・保安院があった構図と一緒だ。どうして、それで原子力行政が変わるのか。完全な独立した組織を作ることは、IAEAのスタンダードなんですよ。」

――河野議員は早くから計画停電は必要なかったと言っていた。

「去年の計画停電はまったく必要なかった。計画停電で信号が止まって、その影響で交通事故による死亡者が出ている。これはほとんど殺人だ。
計画停電しなければ電力が足らない、だから原発の再稼働が必要だ、となる。こうした動きをたださないといけない。
需給調整契約は、『いざというときに電気を止めますよ。だから安い単価でいいですよ』というものだ。しかし今回、私が調べたところ、需給調整契約は実行されていない。需給調整契約で、私が聞いた中で一番安い料金は、1kW/hあたり7円というのがあった。普通の家庭の三分の一以下だ。
ところが、計画停電で、需給調整契約を結んでいるところと一般家庭を同じように扱った。なかには混乱を避けるために、需給調整契約を結んでいながら超大口需要家は計画停電の範囲から外している。こんなこと、ありえないでしょう。本来なら、安い単価で電気を使っているんだから、需給調整契約を結んでいるところから切っていくのが筋だ。

自由化と言っておきながら/中部電力は都庁に電力供給しない
――守旧派は、電力市場は自由化されていると反論する。

「『自由化されていて、相対取引だから需給調整契約の電力単価は公表できない』という言い訳に使われている。
また、自由化と言っておきながら、東京都が中部電力に電力供給を要請しても、中部電力東京電力のテリトリーを超えた入札はいっさいやらない。
福田内閣のころ、自民党事業仕分けをやった。そのとき、北海道の刑務所や東北刑務所、東京刑務所のワンパックにして、いくらになるか入札をすべきだということを提案した。複数の電力会社をまぜこぜにして、入札するということだ。そうしたら、電力族がでてきて、それはダメですと。あっさり、提案は却下された。

――電力族は産業界、政界に深く根を張っている。

「紛争審査会も、日本エネルギー法研究所から委員が来ている。こうした団体にはかなりのカネが電力業界から流れているはずだ。電事連もそう。しかし、両団体は任意団体だから、財務内容がわからない。今後の電力行政を考える場にそうした人たちが来ていていいのか。彼らは完全に癒着している。

――発送電分離の議論はどのように見ているか。

発送電分離はあたりまえだ。電力利権に事故の原因があることは、国民のだれもがわかっているはずだ。所有権分離にまで踏み込むのは当然だ。そうでなければ、分離にならないでしょう。
社内カンパニー制にすることはまったく意味がない。体質がそもそも問題なのだ。福島第一原発でおきた臨界事故を28年間も隠していた会社ですよ、東京電力は。」

――東京電力はどうすべきだったのか。

「今のようにゾンビ企業にしないで出直させるべきだった。だいたい、資本主義の世界で、当時官房長官だった枝野氏は特定の会社を取り上げて破綻させないと言った。こんなことがあっていいのか。しかもその会社の株は、市場で自由に売り買いされている。
知り合いの中小企業のオヤジさんたちは『じゃあ、うちの会社も破綻させないっていってくれよ。なんでもやるよ』と笑っている。

立地自治体の財政問題は/原発誘致時からわかっていたこと
――今後の電力供給体制はどのようにあるべきか。

「一番簡単なのはコンバインド・サイクルの天然ガスによる発電所を増やすことだ。二酸化炭素を大量に排出する石炭火力は減らすべきだ。原子力発電に関しては、何基再稼働が必要なのかを政府は示す必要がある。いずれにしても、電力会社や電力供給システムの改革を行うことが、なによりも先だ。

――原発の立地自治体は財政の半分程度を原発マネーに頼り、雇用も頼っている。日本では今後、原発は減っていく。立地自治体は困難に直面する。

「少なくとも原発の雇用が廃炉の雇用に変わることになる。原発が止まるからといって、すぐに雇用がなくなることはない。
地方財政と経済の中心となっているのは分かる。しかし、原発マネーを何に投資するかを決めて来たのは、地元の首長であり議員であり、その人たちを選んだ住民達だ。電源三法交付金は、使い道が決まっているから柔軟な使い方ができないと言ったって、それははじめから分かっていたことだ。将来につながる投資ができなかった、ということだ。もっとも、これは原発立地自治体すべてに共通する問題だ。
こういう原子力の制度を設計したのは自民党だ。もし、国民の皆さんに自民党が政権を取ったら、これまでのような原子力行政を続けると思われていたら、自民党は政権を取ることはできないだろう。電力、特に原子力行政については社会保障や消費税と並ぶ争点となっている。」

東京MXで「プリキュアオールスターズ」3作連日オンエア♪

 13日から、東京MXが、劇場用アニメの「プリキュアオールスターズ」3作を、1日1作ずつ、順次オンエアしてくれます♪
 この土曜(17日)に最新作の『映画 プリキュアオールスターズ NewStage みらいのともだち』(「オールスターズ」4作め)が、劇場公開される関係でしょう。


 テレビで人気の子供向けアニメ「プリキュアシリーズ」の、劇場用特別編が「オールスターズ」。
 13日のオンエアは、2009年に公開された『映画 プリキュアオールスターズDX みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!』。
 本編70分ほどのこのアニメ、ともかく華やかで賑やか。子供さんと一緒に大人が観ても、楽しいはず。
 アタシなんか、大人が一人で観ても、楽しんじゃってるんですけど(笑)。

 一種のオトギ話ではあるんです。
 けれど、「オトギ話とわかった上で楽しんでく」心の余裕をもてれば、大人でも楽しめるクオリテイです。

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 2009年3月に公開された「みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!」では、当時、テレビ・オンエアがスタートして間もなかった『フレッシュプリキュア!』で、プリキュアになる3人の女の子たちが、“センターポジション”的立場で活躍。
 そして、色々あって、以前のシリーズ番組でプリキュアになった女の子たちと出会ってく。
 登場プリキュア、総勢14名(笑)。


 「プリキュア」ってゆーのは、劇中で「伝説の戦士」て呼ばれるヒーロー−−、女の子でもヒーロー(笑)なんですけど。
 やっぱり劇中で“妖精”て呼ばれる、可愛いぬいぐるみのような不思議生き物に見出された女の子が、「伝説の戦士」に変身した姿が「プリキュア」なんです。

 プリキュアたちは、“妖精”たちの要請に応えるように、大きくて乱暴なワルモノに立ち向かっていく、大筋はそんなお話が、シリーズで繰り返し描かれてる。
 たんじゅん、て言えばたんじゅんなお話だし。オトギ話的でもあります。

 オトギ話的だし、今風の“勧善懲悪”なヒーロー物語ではあるんですね。

 けれど、プリキュアアニメに特有の面白みとしては、「性格も生育環境も大きく違う女の子同士が育む友情」や、「プリキュアになる女の子たちと、彼女らを見出す“妖精”たちとの交流」などがあります。


 「小さくて可愛い生き物(妖精)」に目の前で加えられる理不尽な言動を見過ごせない、そんな女の子たちが、見出されて「伝説の戦士」になっていく。
 「伝説の戦士」になっちゃった、性格の違う女の子たちが、“妖精”も交えて交流しながら、「小さくて可愛いもの」を守っていって、逆に小さくて可愛い“妖精”たちから励ましももらう。

 プリキュアって、予め「大儀」を抱いてたり、理想化してたりするヒーローキャラクターじゃぁないんです。そこがいいんだわ。

 アタシが思うには、シリーズ各作品の根っこにあるのは「小さくて可愛いものが、小さくて可愛いからってことで、理不尽に抑圧されることを認めない」って心情だと思います。

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 『映画 プリキュアオールスターズDX みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!』は、お話を相当単純化してて。テレビでは1年間かけて描かれる物語と比べちゃうと、かなり強引。

 その代わり、「性格が違う女の子」たちが出会って繰り広げるやりとりが面白いです。何しろ4組14人も出てくるので。
 それから、女の子たちと、「小さくて可愛い」妖精たちとの関わりも面白い。


 もし、「プリキュアシリーズ」を観たことがない大人の人が、いきなり「みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!」を観るとしたら、楽しむための障害になるのは「妖精と、プリキュアになる女の子たちの関係」かと思います。
 映画では、その関係の描写、描いてないわけじゃぁないけど、かなり薄いので。

 例えば、今まで会ったことのない「プリキュアになる女の子たち」が、はじめて出会っていきなり意気投合しちゃう。気持ちいいんですけど、ちょっとご都合主義なお話、みたいに思っちゃう・かもしれない。
 はじめて観た人が、そんなふうに感じたとしても、自然な感じ方だとは思います。

 けれど、映画の内では、「プリキュアになる女の子たち」が、まず、みたことのない“妖精”たちと出会うとこから描かれてくんです。で、見知らぬ“妖精”に、「自分たち以外にもプリキュアがいる」て聞かされる・らしい(笑)−−ここの描写は、ほんとにアッサリしてるんですね。


 「プリキュアになる女の子たち」は、“妖精”とも友達なので。つまり、はじめて会うプリキュアも「友達(自分の知ってる妖精)の、友達(はじめて会った妖精)の、そのまた友達」になります(笑)。

 それで、初対面でも、すんなり意気投合していけちゃう。
 もちろん、それぞれの女の子たちが「小さくて可愛いものが、小さくて可愛いからってことで、理不尽に抑圧されることを認めない」て心情を、それぞれに抱いてるから、ですけど。

 この“友達の輪”風の出会いやつながりが呑み込めると、「みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!」は、初めてプリキュアアニメを観る人でも、ずーっと、楽しみ易くなると思います。

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 「プリキュアシリーズ」のアニメは、どれも、「3歳児〜小学生低学年くらいの主に女の子」を筆頭の視聴者層として想定して、副次的に、低学年の主に女の子の親御さんをも想定して、制作されてると思えます。
 キャラクターグッズなど、関連商品の展開をみてみると推定できるんですが。

 子供さんだけが楽しい作品ではなくて、大人でも心の余裕をもって観ることができれば、充分楽しめるはずのクオリティは保ってます。


 「プリキュアオールスターズ」のアニメは、いわば本編にあたるTVアニメ各作品の、特別編にあたりますけど。
 その分、「プリキュアアニメのエッセンス」みたいなものが、ストレートに(あるいは、やや強引に)描き出されています。

 もし、はじめて観るプリキュアアニメに「オールスターズ」のどれかを、と考える方がいらしたら、アタシとしては、まず「オールスターズDX1」を、次いで「オールスターズDX2」を観ることをお勧めしたいです。
(「オールスターズDX3」は、「すでにファンの人」向けに大きく傾いた作りだ、と思えるので)

 できたら、視聴者想定の年頃のお子さんと一緒にご覧になれたら一番いいかと思います。親戚の小さなお子さんとかですね。

 その後は、もちろん観た人次第になりますけれど。
 もし「オールスターズDX」を楽しんで観ることができたら、テレビアニメの番外編的な劇場アニメのどれかを、観てみるといいのではないでしょうか。
(「オールスターズ」アニメとは別に、色んなプリキュア・チームがチームアップしない、劇場アニメもあるんです)

 「オールスターズDX」を観て、面白いと感じた女の子キャラクターが出てくる劇場アニメ、観てみると、きっと楽しめることと思います♪

西澤俊夫東電社長が公にした「お詫び」について

 東京電力の今の社長、西澤俊夫氏が、3.11から1年が過ぎる11日に、アタシたち日本国国民に向けた謝罪をしてくれる予定、と8日には報じられてました。
 アタシも11日は注意して、NHKの番組やBBCの報道番組観てたんですけど。残念なことに、事故を起こした福島原発や関係施設で、西澤氏が謝罪コメント出される様子は観れませんでした。

 その代わり、と思っていいのかどうか、よくわかりませんけど、東京電力公式サイトのトップページにて公開された「当社福島第一原子力発電所の事故発生から1年にあたって」て、西澤社長記名の文章は読みました。

 西澤社長記名の文章は、アタシが期待しつつ無理だろうと思ってた「きちんとした謝罪」ではありません。ありませんけど、1番聞きたくないと思ってた「責任回避なお悔やみ」でもギリギリなかったかな(??)。かなり近いとは思うけど。
(アタシが、何を期待して、何を聞きたくなかったかは、10日付の記事「東京電力社長は、どんな謝罪をしてくれるのかな??」に記してます)


 東電公式サイトで公開された社長署名入りの「事故発生から1年にあたって」には、玉虫色に整えられた「お詫び」の文も織り込まれてます。その部分に、怒りを新たにされた福島県民の方も、おられることと思います。

 「当社福島第一原子力発電所の事故により、発電所周辺地域の皆さまをはじめ、福島県の皆さま、さらには広く社会の皆さまに、現在も大変なご迷惑とご心配をおかけしていることを、改めて心より深くお詫び申し上げます。」とか。
 「こんな事故を起こしちゃってごめんなさい」とは、どうしても言えないわけですね。
 とりあえず今は、そこに怒るのは、福島県民のみなさんにお任せします。


 アタシは、神奈川県民で横浜市民の東電ユーザーです。
 報道によれば、福島県が国と東京電力に対し、第2原発を含む県内の原子炉10基全ての廃炉を求めている件について、西澤社長は3月中に会社としての方針を出す、としているそうですので。
 まず、東電ユーザーとして、そこをしっかり見届けたい。
 同時に、東電が新潟県に置かせてもらってる柏崎刈羽原発の再稼動がどうなるかも見届けたい。

 とりあえずは、そうした事柄についての、東電の会社としてのふるまいを見ていって、果たしてどの程度の深さで「お詫び」の考えをもってるのか、判断させてもらうつもりです。

 アタシ個人は、原発の再稼動については、「条件付容認派」の意見なんです(原発の長期方針については、電力依存率を20%〜25%程度に押さえ込む、方向が希望)。
 なんですけど、こと、今の東京電力に限っては、再稼動認めないに1票を投じます。これは、神奈川県民、横浜市民で、東電ユーザーとしての1票です。

 つまり、東日本大震災の大津波にも耐えた女川原発東北電力)について、宮城県やその周辺の住民のみなさんが、もし「あそこは再稼動してもいい」といった総意を形成されるなら、再稼動されればいい。
 けれど、“やらせ”の類の無い住民投票とかはするべきで、その結果「再稼動はNO」となったら、どこの原発の再稼動もされるべきでない、って意見です。

 3.11より前みたいに、中央政府や県知事の政治判断とかで、“やらせ”込みこみの「地元の理解」を演出して再稼動、みたいな不透明な意思決定は、もう止めにしないと。

 とゆーわけで、東電社長の国民への謝罪については、一東電ユーザーとして納得は仕切ってないけど、一応、承っとく。後は、会社の出方(運営方針)みて判断させてもらいます。


【参照用コンテンツ引用】

「当社福島第一原子力発電所の事故発生から1年にあたって」東京電力公式サイトより)
 東北地方太平洋沖地震の発生から1年にあたり、改めて、震災によりお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

 当社福島第一原子力発電所の事故により、発電所周辺地域の皆さまをはじめ、福島県の皆さま、さらには広く社会の皆さまに、現在も大変なご迷惑とご心配をおかけしていることを、改めて心より深くお詫び申し上げます。
 併せまして、事故発生以降この1年間、国内外を問わず、関係する数多くの皆さまに多大なるご協力とご支援をいただき、改めて心より深く感謝申し上げます。

 当社は、責任の重さと果たすべき役割を常に意識し、福島第一原子力発電所の安定状態の維持、中長期にわたる廃止措置等への取り組みを、何よりも安全に十分配慮しながら確実に進めてまいります。そして、事故により被害にあわれた方々に寄り添った迅速・適切な賠償の実現に、当社グループを挙げて、真摯に取り組んでまいります。

 3月11日という日を、当社グループ社員一人ひとりがしっかりと心に刻み、安全を最優先に、全身全霊をもって課題の解決に努めてまいります。

平成24年3月11日
東京電力株式会社
取締役社長 西澤俊夫

東電社長、月内に存廃方針公表へ 福島県の原子炉6基北海道新聞-Doshin web,03/09 18:07)
 福島第1原発事故を受けて福島県が国と東京電力に対し、第2原発を含む県内の原子炉10基全ての廃炉を求めている問題で、東電の西沢俊夫社長は9日、廃炉方針が決まっている4基を除く6基について「(3月中に策定する)総合特別事業計画でどう認識しているかを出さないといけない」との考えを示した。
 廃炉の有無には「地元の意見を聞き、国による原子力に関する議論の動向をみて検討したい」と話した。
 東日本大震災から1年の11日を前に訪れた県庁で、報道陣に答えた。
 西沢社長は取材に先立ち、佐藤雄平知事らと面会。県民に向けてあらためて謝罪した。

ポスト3.11の最初の1年が過ぎた

 東日本大震災と、東電の原発事故から、1年。
 3.11は、この国の社会に、強く節目を刻んだ大災厄です。

 とてもじゃぁないけど、「1年が過ぎて、気持ちを新たに」とか思えない。
 「気持ちを新たに」しても構わないんですけど、「1年過ぎたんだから、気を取り直して、旧態に復す」わけにはいかない。そんな状況が続いてます。

 むしろ「ポスト3.11」の「最初の1年が過ぎた」んだと考えた方がいい。


 この国の社会の様子は、3.11の前と、後(ポスト3.11)とで大きく変質してしまいました。


 例えば、大震災の受け止め方。あたり前だけど、東北地方と、ほかの地域圏とで違うはず。
 もし、東日本大震災福島原発の事故が複合しなければ、−−こうした仮定的な空想は埒のないものですが−−震災地の復興についての展望ももっとスッキリした見通しが、それなりに日本社会の全体で共有されていた、かもしれません。
 震災地では、色んな不満は出るにしても(当然出るはずでしょう)、全体としては“これくらいなら我慢できるか”的には思える程度の不満も伴いつつ、震災地復興も進められた、かもしれません。

 3.11までの日本社会の在りようは、そういう風だったはずです。
 でも、ポスト3.11の日本では、そうは行かない。

 3.11をきっかけに「地域ごとの事情の異なり」が、くっきりと前面にせり出してきた。これが、3.11の災厄が及ぼした、1番深い影響と思えます。
 入れ替わるように、3.11よりも前には通用した「同じ日本人だから」て相互依存を、あてにできなくなってしまった。

      • -

 福島原発の事故は、中央政府や国会への信頼感を、かつてなく損なってしまいました。
 困ったことですけれど、今では、3.11よりも前のようには、中央からトップダウンされる「復興へのビジョン」を日本全体で共有することが困難になってます。

 3.11より前のやり方で、地域選出の代議員に、国民の意思を付託された政府をチェックさせるて制度も、信頼度が落ちたからです。
 それで、トップダウンなビジョンの共有が困難になってる。


 レベル7なんて酷い事故になった、福島原発の事故ですが、数ヶ月前、テレビ・ジャーナリストの田原総一郎さんが、何かの番組でーー
「日本の原発がレベル7なんて酷い事故を起こすとは予想できてなかった」
−−て趣旨の発言をしてられました。

 上は、田原さんのコメント通りの文言ではありません。アタシなりの趣旨要約ですけれど。

 田原さんの発言は「レベル3程度の、敷地外に放射能汚染を及ぼさない事故(原発業界のセンモン用語で「事象」とか呼ぶ類です)は、いつかまた起きるだろうとは覚悟していたけれど」って脈絡の上で、「日本の原発がこんな酷い事故(レベル7)を起こすとは予想できてなかった」って趣旨のものでした。

 田原さんは、もちろん原子炉の専門家ではないです。
 けれども、1970年代から、原子力発電も含んだ電力行政について、何年も精力的に調査研究されてきた方です。
 その田原さんに「こんな酷い事故を起こすとは予想できてなかった」と、言わせたのが、福島原発の事故です。


 福島県民のみなさんは、「東京電力に、経産省に、政府に」裏切られた、騙された、と考えてられるはずですけれど。
 神奈川県民で、横浜市民のアタシも「騙されていた」て考えは抱いています。「自分の判断も甘かった」て後悔しきれない思いも一緒に。
 「原発の“安全神話”」にアタシも、気づかないうちに、うかうかとノッてしまってた、て後悔ですけど。後悔してもしきれません。

 関東圏に住んでいる東電ユーザーも、少なくない数の人たちが(全員でもないでしょう)、同じように「騙されていた」って思いを抱いている様子です。


 この1年間、東京電力経産省、政府が、「事態の収束」を言えば言うほど、信頼感が喪われる悪循環が戻りようのないところまで進みました。

 経産省も含んだ政府だけでなく、国会への信頼感も取り返しようにないほど損なわれています。野党自民党が党として、過去に自分たちが関わった原子力行政について総括しないまま、政府追求を重ねたからです。
自民党内にも、過去の批判的検討をしてられる議員さんなどがいることは知っています。けれど、ここで書いてるのは「党として」の言動についてです)
 国会の様子を観ていると、野党も与党も国会議員が自らの言動で信頼感を落とす動きは、まだまだ続きそうです。

 例えば、野田首相原子力・安全保安院のストレステストは有効みたいなことを、何故言えるのか? 然るべき処分も下していないのに。

 野党も野党で、原子力規制庁関連法案の審議を、なぜ遅らせるのか??
 考えはあってのことなんでしょうけど。どんな考えがあって審議を遅滞させるのか(?)、もっと言えば、どんな規制庁を目指していて、政府提出の法案の審議に乗らないのか、さっぱりわかりません。


 3.11は、東日本大震災福島原発の事故が複合した大災厄なわけですけれど。
 この大災厄で、中央官庁、政府、国会への信頼感は、当面、取り返しようがないほど損なわれた。
 回復するとしたら、総選挙しかないはずですが、それでも信頼感が回復されるかどうか、心もとないほど損なわれてしまった。

      • -

 では、どうしていったらいいのか。

 これからは、各地域でそれぞれが、地域でできることは地域で処理し、地域では処理しきれないことだけを、中央政府や国会に計るように、していくべきかと思えます。
 トップダウンよりもボトムアップが重要になっている情勢です。

 ここで必要なことは、地域で処理できることと、処理しきれないことの分別。
 処理できること/処理できないことの分別も、まず地域で吟味して、そして全日本的な調整を計っていく必要がある。


 アタシは、神奈川県民で横浜市民です。
 神奈川県知事は、先に、3.11の被害地からの瓦礫瓦礫受け入れに積極的な自治体間の連絡連携のための組織に参加を表明しました。これにはアタシ、神奈川県民として、支持票を1票。

 横浜市だと、今のところ低線量の瓦礫焼却灰を、概ね1万トン弱引き受けて仮置きしています。
 まず、仮置きを引き受けたことは、良かったと思います。引き受けたことにも横浜市民として支持票を1票。
 ただし、あくまで「仮置き」であることが前提での支持票です。

 低線量瓦礫とは言っても、焼却灰の埋め立てなど、その“最終処分”までは地方自治体で無条件に引き受けないでいただきたい。


 アタシ個人は、瓦礫受入れには賛成ですけれど。
 神奈川県にも受入れ反対の住民意見はあります。
 自治体には、反対意見の住民とも、議論を重ねながら、引き受けの方法を整理していっていただきたいと思います。

 反対意見には、今のところ強硬なものが目立つようですので、議論と言っても簡単ではないでしょうけれど。
 賛成/反対の2極で対立していくのではなく、どうにか、中間的な落としどころを作っていかないと。
 そうした方向での受け入れに、市民、県民として積極的に応援、協力していくつもりです。


 誤解がないように書いておきますが、低線量瓦礫の“最終処分”、横浜市内で処理していただいても、神奈川県内で処理していただいても、きちんと処理されるなら、アタシは結構です。賛成票を1票。

 先んじて瓦礫を受け入れた東京都で、受け入れの初期に、処理場で放射線量の高い汚泥が生じて騒ぎになったことがあります。瓦礫は低線量でも、処理によって放射性物質がいわば濃縮されたわけですね。
 こうした“最終処分”の責任は、中央政府に負っていただきたい、と考えています。

 中央政府の責任で“最終処分”をするなら、地域としてもできることはサポートすればいい、と考えます。
 サポートの形は、“最終処分”分の資金を中央からにするのか、あるいは何か技術提供という形にするのか、はたまた、高い線量の汚泥類を、再度中央に引き取ってもらうのか。解決策は、自治体と中央との政治交渉で決めていただくしかないでしょうけれど。

 少なくとも、仮置きのために新たに発生していく予算は、横浜市だけでなく、神奈川県とも歩調を合わせて、中央政府に請求してもらいたい。

 請求しても応じられないかもしれませんけど。中央政府に請求することに意味があります。同じように、低線量瓦礫の仮置きを引き受けた自治体で連携して、政府の責任を追及していっていただきたい。
 「保管費用の請求」をすることで、「政府責任を追及」して、低線量瓦礫“最終処分”を政府責任で処理させる、って政治交渉をしていっていただきたい。


 先日、東京都の猪瀬副知事が、東京電力の系列子会社優先の経営体質を指摘。東電が請求した電気料金値上げの根拠であるコストは圧縮が可能だ、と提言したそうです。
 電力システム改革専門委員会(経産省の諮問機関)に参考人として出席されたときのことなんですって。提言を受けた枝野経産相は、東電の値上げ要請にコスト圧縮の方向を強く求めた、と報じられています。

 アタシたちが、地域や地方自治体の代表に促していくべきなのは、こんなような、粘り強い政治交渉、中央との政治交渉でしょう。


 今、神奈川県でも、低線量瓦礫の受け入れに、反対の住民意見はあります。
 反対する動機も、アタシなりにわかるつもりです。
 けれど「何が何でも絶対反対」の主張はよろしくない。

 アタシたち地域住民は、アタシたちの地方自治体に、地域から中央政府へのボトムアップや政治交渉を促し、応援していくべきです。
 低線量瓦礫の受け入れ反対も、そうした働きかけの一環として営まれるのでないと、「何が何でも絶対反対」では、自治体の中央との政治交渉のやりようがなくなるはずです。
 それに、「絶対反対」の主張は、ただワガママなだけの地域エゴへと堕落しかねませんし。

      • -

 3.11までは、「多少の違いはあっても、同じ日本人だから」と、譲り合ったり、遠慮しあったりしていたものですけれど。
 ポスト3.11では、「地域ごとの異なり」の方が、日本人としての同質性よりも前面にせり出してきてます。

 3.11以降加速されてるマスメディアへの不審も、「同じ日本人だから」て感じ方を、世の中の背景に退かせてる。
3.11を節目にして「地域ごとの異なり」がくっきりしたことは、引き戻すことのできない変質、と思えます。


 だからと言って、焦ったり、悲観的になったりは、避けていかないと。
 「日本人としての同質性」は、後退しただけで、無くなったわけではないはずですし。
 例えば、アタシたちは、誰でも日本語を話し、日本語で考え、感じ方や思いも日本語で言葉にしてます。これは、「日本人としての同質性」ですね。


 アタシが思うには、ポスト3.11の世の中では、まず「関東人としてはこう考える」とか、「神奈川県民としてはこう思う」とかを、互いにきちんとオープンにして、言葉にして、ボトムアップで「日本人としての合意」を作っていくしかないように思えます。

 こうした意見を唱えると、伝統主義思想の陣営から「もっと愛国心を」的な掛け声が聞こえてきそうですけれど。
 「愛国心」は、アタシたちが誇れるだけの世の中を営んでいけば、その度合いに応じて自ずと生じるものです。
掛け声で強いられるような心は、エセ愛国心にしかなりません。

 横浜市民は日本の内で自慢するにたる横浜市を作っていく、神奈川県民も自慢できる神奈川県を作っていく。
 そして「日本人としての合意」を作っていく手続きとして、まず、互いに地域としての異なりからオープンにしていって、全日本的な合意を、ボトムアップで作っていく。これが、ポスト3.11の愛国心を育てていくための道と思えます。
 アタシが思うには、ほとんど唯一の道かと。

 「低線量瓦礫受入れの絶対全部反対」が、誇るに足りる横浜市や神奈川県に寄与するとは、アタシには思えないんです。
 反対するな、的なことを言うつもりはありません。
 反対を唱えるにしても、どうしても譲れない事柄と、譲れる事柄との分別をしていきましょう、と言っています。

東京電力社長は、どんな謝罪をしてくれるのかな??

 明日で、東日本大震災と、福島の原子力発電所事故とが、複合した災厄−−3.11から、1年が過ぎます。
 今の東電社長(西沢俊夫氏)は、国民に向けて謝罪コメントを公表する予定でいるそうです。
 8日には報じられてました。

 今の東電社長は、福島原発で事故を起こしちゃってから就任したわけですけど。会社を代表して「国民に対する謝罪」を公表するはずです。きちんとした謝罪を聞かせてほしいものです。

 アタシが東京電力社長に期待したい謝罪は、福島原発の事故について、「旧自民党政権時代から定まってた安全基準にどんな不備があったか」、「原子力安全・保安院の指導監督にどんな杜撰さがあったか」、そして「東京電力の経営、原発運営に、どんな甘さがあったか」を、はっきり分別してく方向で、東京電力の非はきちんと認め、その上で謝罪する内容。

 そうした「きちんとした謝罪」を聞きたい人は、アタシだけではないわよね。
 けれど、はっきり言って、そんな「きちんとした謝罪」は、期待できそうにありません。
 決め付けてはいけないので、11日の社長コメントは注目してくつもりですけれど。


 福島原発で事故が起こされた責任は、直接的には「3.11までの安全基準」「原子力安全・保安院監督責任」「東京電力の運営責任」に3大別できます。
 間接的には、長年原子力政策を進めてきてた自民党の責任はとても大きい。
 そして、事故が起きてしまった後の、被害収拾の不手際は、民主党政権、ことに管内閣の結果責任です。ただし、こちらでも、安全・保安院や東電が、「きちんとした情報を政府へ迅速にあげなかったかもしれない」疑惑はありますけど。
(その辺は、国会の事故調が整理するてことになってはいます)


 ややこしーけど、どこがどんな責任をどれだけ果たせなかったお陰で、Lev7なんて事故起こしちゃったのか、整理されるべきです。
 けれども、3.11から1年たっても、そうした追求はまったくと言いたくなるほど進んでません。

 先に、民間事故調査委員会が、まとめた調査報告書を公表したくらいですけど。これは非公式なものですし。大体、東京電力は、質疑、情報公開に応じませんでした。

 国会の事故調(東京電力福島原子力発電所事故調査委員会)も、政府が提出した、原子力規制庁法案の審議を差し止めるなど、有権者の視線からすれば不審なこともしてるし。

−−て、あたりが現状。


 これが、飛行機の墜落事故や、列車の転覆事故だったら、結論はまとまってないとしても、そろそろどこにどんな責任が、くらいは洗い出せてて、絞込みに向かっていそうなもんです。
 そりゃ、福島原発の事故には、より広い範囲での大震災からの復興も並行してるから、色々大変なのはわかるけど。安全・保安院原発のストレステストしてる、とか、あまりと言えばあんまりな現状。


 と、ゆーわけですので。
 東電社長の方から、アタシたち国民に向けた謝罪を公表する、と言うなら、本当は是非にも「東京電力には、事故原因のどこに、どんな責任があったか」をはっきりさせながら、その上で謝罪してもらいたい。

 もちろん、「東電の落ち度はここからここまで」的範囲を、もし言ってくれたとしても、それは「東電の言い分」にしかなりませんけど。
 それでも、「どこにどれだけ責任があったのか」はっきりしないよりは、「言い分」聞かせてくれた方がいい。


 1番聞きたくないのは「東電は、国の安全基準を守り、安全・保安院の指導に沿ってきちんと運営してました。想定外の災害に見舞われて不幸な事故に至りました」的なコメント。

 例えば、東北電力宮城県に持ってる女川原発は、東電と同じ安全基準、同じ保安院指導を受けてたはずだけど、地震津波も意識して敷地の海沿いに設けられた斜面と海抜14.8mの場所に施設が建てられてた。
 東日本大震災では1mほど地盤沈下したそうなんですけど。それでも、女川原発は最大13mほどて話の大津波に耐えた。
 原子炉建屋内での配管漏れなどはあったそうですけど。それでも、放射性物質は、敷地はもちろん建屋外漏出さえさせなかった様子。


 原発事故についての「東電の責任」は、同じ安全基準、同じ保安院の指導の下で、なぜ、東京電力は、東北電力みたいな災害に対する備えをしないできたの? て、とこがポイントになることでしょう。


 世の中には「そんな責任分担なんか、どうでもいい。ともかく早く廃炉作業を進めろ」とか、「早く賠償して」とか思ってる人もいることでしょう。
 でもね、「自分たちは安全基準は守ってたし、安全・保安院の指導にもちゃんと従ってた、だから事故は天災のせい」みたいになこと言ってる限り、アタシは「東京電力には」原発の再稼動認めてやる気しないんです。
(アタシは、神奈川県民で東電の一般ユーザー。別に株主でもなんでもないけど)

 東電以外電力会社(旧電力)に原発再稼動を認めるかどうかは、各会社の電力管区の人たちで、ちゃんとした議論交えて考えてってください(施設立地自治体とその周辺の総意が最優先ですけど)。


 そうは言っても、アタシが思うには、東京電力社長からは、責任範囲を明確化する方向の「きちんとした謝罪」は、ほとんど期待できないでしょう。
 前もって決め付けちゃぁいけないけれど、なぜ期待できないて思えるか、理由は幾つかあるんです。

 1つだけ挙げると、近く、東京電力の過去の経営陣を相手取って、「福島原発事故で多大な損失を出した経営責任について」東電の株主から賠償を求める民事訴訟が提訴される予定があるからです。
 提訴するのは東電株主の一部の人たちですけれど。形式的には株主代表訴訟って形になるそうです。


 経営責任が問われるような訴訟を控えたタイミングですから、国民に向けて、東京電力の非を明らかにして認めるような「きちんとした謝罪」は、ほとんど期待できないだろう、と推測されます。

 決め付けてはいけないから、11日の社長コメントは注目してくつもりですけど。
 でもね。「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」「2度とこのようなことが起きないよう勤めます」的なあたりで、お茶を濁されたら、やっぱり石投げつけたくなるかなー、て思います。

 「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」の類は、はっきり言って、事故を起こした危険施設の運営責任者のする謝罪じゃぁないじゃーん。
 その辺注目したいですね。

東電社長、11日福島入り=第1原発で職員にメッセージニコニコニュース-時事通信 2012年3月8日(木)0時45分配信)

東京電力は7日、東日本大震災と福島第1原発事故から1年となる11日に西沢俊夫社長が同原発を訪れると発表した。震災が起きた午後2時46分に同原発で犠牲者に黙とうをささげた後、職員向けにメッセージを出す予定。また国民に対する謝罪コメントも発表する。

この1年の身辺の様子

 大震災と、東電の原発事故から、もうすぐ1年です。

 横浜に住んでるアタシの身辺でも、去年1年、それなりに色んなことがありました。
 偶然、幸いにも、地震の被害が軽微だった地域に住んでますけれど。仕事は、キツくなった。女装者のフリー・ライターなんて、元々不安定ですけど。経済的には低空飛行が続いた1年。

 どうにかしなくちゃて考えるんですけど。わたわたと追い立てられてる感じの1年でした。


 身辺関係では、3.11をきっかけに、実家と行き来する回数が増えたのも随分変わったこと。

 こっちは、自分でもいいことと思ってますし。実家のある町内に住んでる妹も喜んでくれてる。
 行き来する回数増えて、時間のやりくりがキツめになったけれど。張り合いみたいのが感じられて嬉しい。

      • -

 母親、「津波とか来たら死ぬだけ」とか、考えなしに言っちゃってくれるんです。アタシは、実家に行っては、非常食やら防災関係やら整えることを、重ねた1年でした。

 話をしてると、母の気分も伝わってはくるんですね。
 実家は、湘南の海岸まで歩いて5分みたいなとこに位置してて。母親は、もし、大津波がきたら、とても逃げ切れない、みたいに思ってる。
 その辺は、同じ町内に住んでる妹が、色々考えてくれてるんですけど。

 アタシの方は、「そうは言っても、死ないで、地震で困ったことにななるかもしれないでしょ」って言って、実家に行っては、防災関係あれこれ整えてるんです。
 非常食、非常飲料の整備とか、ガラスにひび割れ防止フィルム貼ったり。物置の整理したり、あれやこれや。
 自宅の方でも、せっせとやってることですしね。

 妹は子供もいるし(アタシにとっては甥と姪)、相談しあって、分担してます。まだまだやることあるんだわ。

      • -

 アタシ、父親とは折り合いが悪いんですね。


 父子の折り合いがよくないのは、世間でもあることでしょうけど。
 MtF(Male to Female=女装者とか性転換者とか)だと、珍しくもない。この件は、性の自己認知(性的自己同一性)が肉体とと心で一致してる男性でも女性でも、想像つくんじゃぁないかしら(??)。
 その想像は、概ねは、ハズレてもないかと思います。

 アタシの場合だと、女装者なこと、父母にはカムアウトしないって、ずっと昔に決めてる。
(あ、去年、妹と相談して、妹の方の家族にはささやかにカムアウトしたんです。ほっとしたけど、これは別のお話)

 母は、アタシが「女装もする」くらいに思ってて、知ってはいるんですけど。「女装趣味のオトコ」て理解。
 父は、アタシが女装者なことなんか知ってもない。
 それでも、ずっと父との折り合いは悪かったんです。

 母親とアタシは、たまにはケンカなんかもしちゃうくらいには仲もいい。
 つまり、ケンカしても仲直りできる、普通の親子関係。
 父親とは、喧嘩する気にもなんない。てゆーか、いったんはじめちゃうと、ドロドロになりすぎちゃうようでした。ずっと。


 でも、3.11をきっかけに、実家に顔出す回数増やしたら、父親、老いて幼児化しちゃってたんだわ。
 こーなると、もうケンカにもなんない(笑)。
 ずっと確執あったんだけど、なんか気が緩んじゃったわ。その代わり、“あー、これは母さんも大変だわ”とは思った。


 3.11の前から、母親や妹から、父が老いてるって聞いてはいたんですけど。たまに顔出した時には、そんなでもないじゃーんて感じだった。
 今にして思うと、3.11前は、ムスコ(アタシのことね)が顔出すときは、ムリして気を張ってたみたい。
 妹に色々聞いてみると、一昨年父が転んで骨折したあと、直ってからも出不精になって、その頃から後、急速に幼児化進んだみたいです。

 そんなわけなんで、今年も、去年よりも実家との行き来、できるだけ増やしてくつもり。
 アタシの身辺は、そんな1年でした。大まかに書いたけど、細かく書き出すと、きりないし。