原発事故賠償スキームと関連特例法案

 福島の原発事故被害者に対する賠償スキーム(賠償の枠組み)ですけど、政府がこれを実行するには、関連の特例法が国会審議を経ないと、本当には動き出しません。
 逆を言えば、国会審議次第で、原発事故の賠償がどこまで、どんなふうに実行されるか左右されてくことになります。

 来週以降の国会審議の内でも、大きな論題になるはずです。

 アタシは、今の状況を観ると、いくつかの付帯条件を留保した上でなら、政府案の原発事故賠償スキームが特例処置として動き出すよう、関連特例法が国会を通過してほしい、と思います。


◎深刻度レベル7の事故と、賠償金の支払い
 今の状況というのは、まず、福島原発の事故の被害者の人数も被害範囲も、これまでの法規が想定していたよりはるかに多くて、はるかに広いってことです。この状況は国会審議で、与党側でも野党側でも、ちゃんと重視してもらわないと困ります。


 例えば、放射性物質の汚染が広がった後、政府はあわただしく、食品などの安全基準数値を定めたりしてます。あるいは瓦礫の放射線汚染値の安全基準を新たに検討しなくてはならなかった。

 こうしたことを、今の政府の不手際と非難する意見も聞こえますけど。
 そうじゃぁないですよね。
 従来の法体系は、「レベル7なんて深刻度での事故」が起こるとは考えてなかったんです。もっと低レベルな深刻度の事故に対処する法規しか考えられていなかった。

 この点の責任は、過去長期政権を執ってた自民党、関連の中央省庁、民主党政権、今の菅内閣の順に負ってもらうべきだ、と思います。
 ここの責任を「有権者国民全体の責任だ」ってする「正論」もあります。アタシもそれが「正論」だってことは認めますけど、一足飛びに正論で結論付けたとこから、対処法を説かれても了承できないですね。
 最終的には、国民のそれぞれが広く薄く責任を負うにしても(結局はそうならざるを得ないと思います)、責任の大きさってのには、おのずと大小がある。
 そこのとこの詮議をすっ飛ばして、「正論」で結論付けられてはたまりません。

 「被害者への賠償金支払いのためなら電気代値上げも止むを得ない」とか「増税も止むを得ない」とかって議論です。
 最終的には、増税も止むを得ないのでしょう、きっと。
 でも、増税の前に、増税幅を最小に押さえる手立てが講じられる必要があります。そっちが先。


 福島原発の事故について、東京電力は、賠償を従来の法規に沿って「天災に起因する事故だから、賠償金の支払額に上限を定めてほしい」って言ってました。
 菅内閣は、これにははっきりとNOと言った。

 アタシは、実際に起きた事故の深刻度が、従来の法規が考えてなかったレベルなんだから、特例法案を作ってでも、従来の法規の範囲を越える対応をするのは当然だと思います。
 福島原発の事故について「賠償金の支払額には上限を設けない」って、そういうことでしょう、とも思ってます。

 この点に、別の意見もあることはわかりはしますけど。他の状況も考え合わせると、政府案の賠償スキームを案としてでも早急に提示する必要があった。そう考えてます。


 どんな状況を考え合わせる必要があるか。
 一番重要なのは、事故被害者に対する賠償の一部先払い(いわゆる仮払い)でしょう。

 東電は、支払う賠償金に上限があるものとみなしてたので、賠償金の一部先払い(仮払い)を遅らせていました。雀の涙みたいな見舞金を配ろうとして、被害地自治体の首長さんの逆鱗に触れたことすらあります。
 あえて東電に好意的に考えてみれば、支払い上限額が定められてから、どの被害者にどれだけ払ってくか、賠償金額総額の内で配分を考えたかったのかもしれません。


 菅内閣が、関連の特例法案提出よりも先行して、賠償スキームの案(はっきり言って、今時点では案なんです)を社会に広くアナウンスしたことには、ぶっちゃけ、賠償金仮払いを遅らせてた東電の尻を叩く効果がありました。
 これから関連特例法が、万一、国会で否決されるようなことになっちゃったとしても、東電は負担することになる賠償金額の総額内で、先払いを決めた金額を会計処理すればいいだけの話です。
 被害者の立場を考えれば、当座の生活資金として、たとえ、一部先払いであっても賠償金の仮払いがはじめられることの方が重要だった。


 菅内閣は、「上限を定めない」ことにしてる賠償金について、支払いの責任は「一義的には東京電力にあって、支払いきれない分は、政府が責任を負う」と明言してます。この点は、内閣の考え方で構わない、と思えます。

 もしかしたら、理想的には、一部先払い(仮払い)を政府が代行して、請求を東京電力に回すような方法もあり得たのかもしれませんけど。
 アタシは、レベル7の事故を起こした後でも、従来の事業形態が無条件に保護されて当然と思ってる様子の東京電力経営者の考えを改めさせて、賠償金一部先払い(仮払い)の実務を急かせた面でも、関連特例法の国会提出よりも先に、賠償スキーム案を先行して発表して良かったと思います。

 ベストではなかったかもしれないけれど。やらないよりはやった方が良かった。
(政界用語で「一定の評価はできる」とか言う奴ですね(笑))


◎賠償スキーム案は完璧でもない
 さて、政府の賠償スキーム(枠組み)は、福島原発の事故後提案されたものの内ではベターだった、とアタシは思ってます。

 色々な批判があるのも知ってはいますけど。根本的な批判は、従来の関連法規を越えた処理(賠償金額に上限を設けない)ってことでしょう。
 そこは、関連特例法案の国会提出、審議で処理されなくてはなりません。

 なりませんけど、案を先行発表して、特例法案の国会提出が後だしになったことは、構わないってのがアタシの意見です。
 多分、自民党や公明党が「菅首相の暴走」とか言ってるのは、こうした政治手法自体なんでしょうね。従来の政治手法だと、楽屋裏で談合めいた根回しをすませてたんでしょ(?)、きっと。
 その手の政治手法には反しますから「そんな話、聞いてないよー」みたいに怒ってるんだと思うなー。そうでも考えないと、自民党や、公明党の言ってること、意味不明すぎるんだわ(苦笑)。


 地上波やネットテレビで国会審議を観てると、自民党の代議士が「菅内閣は、被害者のことを考えてない」みたいに責めてるけど、じゃぁ、自民党は党として、被害者のことをどこまで考えてるのか?
 従来の法規通り、賠償金に上限を設けて支払えばそれでよし、と考えてるのが、実は自民党公明党の「党としての方針」なんじゃぁないのか??
 その辺のことについはて、自民も公明も、党としては、ハッキリしたこと、未だに言ってないはずです。


 アタシは、政府案賠償スキーム(枠組み)に関連する特例法案は、国会審議で詰められて、もっと整理された形の特例法として成立されるべき、と思ってるんですけど。
 このフェイズでの大きな難点は、おそらく、「福島原発の事故賠償に上限を設けない」のは特例だけど、政府案スキームで設置が構想されてる“機構”は、常設ってとこでしょうか。
 他にも、いくつか検討されるべき難点はあるんですけど。アタシが思うには、「従来の法規との関連付け」での大きな難点は、福島事故の賠償処理と、“機構”常設との関連付けだと思います。


 すごく単純な個人的提案を書いてみると、“機構”を常設するとして(した方がいいと思います)、「“機構”の資金が賠償金援助に使われるのは、国際原子力事象評価尺度(INES)の深刻度レベル5以上の事故を起こしちゃった場合に限る」とかするといいんじゃぁないかしら?

 INESのレベル4は「放射性物質の少量の外部放出」で、「従来の法定限度を超える程度の公衆被曝」ってことになってます。ちなみに、東海村JCOの臨界事故(1999年)が、レベル4相当だそうです。
 レベル5の事故は「放射性物質の限定的な外部放出」で、「ヨウ素131に換算して数百から数千テラベクレル相当の放射性物質の外部放出」。これは、スリーマイル島原子力発電所事故(1997年)に相当します。

 素人考えではあるでしょうけれど「スリーマイル島原子力発電所事故に相当する以上の深刻度の原発事故が起こされた場合」、これから国会審議される特例法案が発動されて、現在の政府案賠償スキームに概ね沿った線で賠償が成される、ってのは、呑み込み易いです。

 細かな法的整合性は、それこそ、国会審議で詰めてほしいですけど、従来のわが国の法規が「スリーマイル島原子力発電所事故に相当する以上の深刻度の原発事故が起きる」可能性なんかを真面目に考えてはいなかった、とか聞いても、アタシ、今さら驚かないわ。


 この件の問題は、菅内閣が「従来のエネルギー政策を白紙に戻して根本から見直す」ってちゃんと言ってるのに、自民党の方は、党としてはあいまいなことしか言ってないこと。多分「従来の政策の微調整」で済ませて構わないと思ってるんでしょうかね。党としては。


◎その他の難点
 政府案の原発事故賠償スキーム(枠組み)には、今回必要とされてる処置の特例性や、従来の法体系との整合性の他にも、幾つか難点に批判が寄せられてます。

 例えば、「東京電力の株主、機関投資家、関連銀行など、広い意味での投資家が保護されすぎてる」的な批判。
 これは、アタシは賠償スキームの運用で、投資家にも応分に近い線でデメリットを背負ってもらえるって思うんだけどな。

 実際、菅内閣は、度々、東京電力に、役員を中心により一層の給与カット、経営合理化、資産売却などの要請を重ねてます。
 特に資産売却ですね。ここんとこを徹底的に要求してってもらえれば、自然に投資家にも応分のデメリットを背負ってもらえる形になっていくと思います。

 ただし、そうした要求をどこまで政府ができるかは、賠償スキームに関連した特例法案の審議しだいってことになるはず。


 それから、「政府案の原発事故賠償スキームは、東電の事業形態の保護が狙いなんじゃないか」って疑惑も唱えられていますけど。
 これも、アタシは、東京電力にどこまで資産を売却させらるかにかかってると思います。
 で、どこまで資産を売却させれるかも、関連特例法案の審議しだいってことになるはずです。

 東電の資産売却の論点は、(すでにアタシの意見を述べた)従来法との関連がまず論点になって、次に、「電力会社は民営企業だけど公益事業だから保護されるべき」って論点が来ると思います。
 この論点、一見もっともなものに聞こえるけれど、従来路線の「国策民営」の延長上の微調整狙いの意見にすぎないです。

 私見では、長期的にはそこから見直されなくてはならないはず、と思います。
 思いますけど、賠償スキームとの関連で重要なのは、賠償に対する短期な対処の実効性です。
 ここで長期的な議論が混入することは、避けれるなら避けた方がいい。


 アタシはこの点で、ちょっと自分の意見に微調整を加えたいと思います。
 「福島原発事故の賠償金支払い総額には(従来法規と違って)上限は設けない」として、「東京電力はとりあえず、一旦、政府に送配電の設備を売却する」。その後、当面、政府は買い上げた設備を東電にリースする形で、東電に運用させてやる。

 この短期的な対処なら、東京電力の事業の公益性は損なわれずにスムースな実効が可能だと思います。
 国会での、中、長期的なエネルギー政策見直し議論の後に、一旦政府が買い上げる送配電設備が、東電側に買い戻されることになっても、それは先々の議論しだいってことです。


 アタシ個人は、東京電力の送配電設備は政府が買い上げて、関東圏送電公社みたいな事業体に移行すればいい、って意見を持ってるんですけど。
 この意見は短期的議論の面では後退させます。中期、長期の課題としては要検討ってことで留保していきますけど。

 修正した意見(短期対処)の大筋は次のようなことになります。

  • 政府が東電の送配電設備を一旦買い上げて、その代金は当然国庫から支払われる。けれど、東電の側は売却代金を賠償金支払いにあてる。
  • 買い上げられた送配電設備を、政府は東電にリースする。当然、東電側にはレンタル料を月々支払ってもらうけど、このレンタル料は、一旦政府から東電に支払われた買い上げ金出費の補填に使う。
  • 賠償金支払いについて、政府案の“機構”から、不足分の資金援助がされるのは、東電が送配電設備を政府に売却して、受け取った代金を賠償に使った後。
  • 賠償金支払いについて、国庫から直接の資金援助がされるのは、政府案の“機構”からの資金援助からの後。

 素人考えだから、大雑把に決まってますけど(笑)。
 大まかには、政府案の賠償スキームと関連の特例法案、こんな方向性にもってけるように、国会審議してもらえるといいんじゃぁないかしら?
 どうでしょう??


付記:
 最後になりましたけれど、この記事で書いた、「短期的対処のための、私見の修正(買い上げ送配電設備のリース案)」のこと。
 これは、kg_noguさんがブログに書かれている記事「東電の賠償支援について考えてみました4」を読ませてもらって、書かれてることに「なるほど!!」って思って、早速パクらせていただきました。
 「短期的処置として」とか、「中長期課題とどう関連付けるか」とか、そーゆーあたりは、アタシなりの私見です。kg_noguさんが、どうお考えかは、存じ上げておりません。
 ただ、「送配電設備のリース案」自体は、kg_noguさんの記事に教えていたいたアイディアだってことを、お礼と共に、お断りさせていただきます。