今週の“HARDtalk”

 BBCのロングランなインタビュー番組“HARDtalk”。
 BBCワールドニュースの日本語放送でも観れる、辛口インタビュー番組で、むしろマン・ツー・マンのディベートって感じの番組です。
 30分枠、月〜木の日替わりプログラムとして放映。当たり外れもあるけど、平均点は高いと思います。


 今週は、番組メインのインタビュアー、スティーフェン・サッカー(Stephen Sackur)がオーストラリアを訪れ、“HARDtalk in Australia”てことで、一連のインタビューが放映された。
 オーストラリアは、アジア-太平洋圏の有力国家なので、アタシたち日本国民としても気になる国。
 一方、“HARDtalk”のインタビューは、やっぱり“British Commonwealth(英連邦)”の一国としてのアプローチが目立った。
 日本人視聴者としては、日本のメディアで普段よく見聞きするアプローチとは別の角度からのインタビューが目だって、そこが面白かったです。

 今週は、次のような相手へのインタビューが放映されまし。

  • 28日(月):オーストラリアの有力野党政治家(元自由党党首)のマルコム・タンブル(Malcolm Turnbull)。
  • 3月1日(火):オーストラリア有数の富豪で、企業家の、クライブ・パーマー(Clive Palmer)。
  • 2日(水):イレギュラーに、1日放送分がリピート放映された。
  • 4日(木):オーストラリア人作家の、クリストス・チョーカス(Christos Tsiolkas)。コモンウェルス・ライターズ・プライズ(Commonwealth Writers' Prize)の受賞作家(2009年)。
  • クリストス・チョーカスへのインタビューは、番組のハイライト・シーンにあたる部分の画像が、右ページから観れます。⇒ “Australian author Tsiolkas hits out at 'selfish' society”

 ちなみに、2日分は、番組としてはイレギュラーに、1日放送分と同じインタビューがリピート放送されたけど、どういう都合だったのかはわかりません。


 28日放送分のインタビュー相手、マルコム・タンブル(Malcolm Turnbull)は、以前、自由党からオーストラリア首相になるのではないか、と目されていた有力政治家。
 いや、アタシはもちろん知らない人でしたけど(笑)。野党合同での炭素税導入の法案提起に勤めたんだけど。それがきっかけになって、自由党の投票で党首を下ろされちゃった人だそうです。

 インタビュー冒頭に、「オーストラリアは、世界で最もうまくいってる移民国家」と言ってて。政治家ってこーゆーリップサービスを言うものだけど、面白い言い方だわね(笑)と、思ったな。アタシは、この言い方がどの程度言えてるものか、判断できるほどオーストラリアのこと詳しくないですけど。少なくともインタビューの中では、タンブル議員はオーストラリアの多文化主義を賞賛してました。
 サッカーのインタビューはこれをきっかけに、オーストラリアの移民問題、難民問題や、イスラム系住民の問題など多面的に突っ込んでました。

 “HARDtalk”らしいわね、と思ったのは、「(再び)首相を目指すのですか?」って質問。これには、今は野党の一員として、得意分野での議員活動専念する、って意味の返事。
 それから最後の質問が「憲法改訂投票をして、共和制に移行するのか?」だったのも“HARDtalk”らしいわね(笑)。
 オーストラリアは、今は立憲君主制だけど。タンブル議員は、共和制移行を求める運動の、リーダー的政治家だったんですって。ただ、この件に関しては、議員「今はオーストラリアにとって共和制移行は優先課題ではない」、と語り、エリザベス女王の代が終わったら課題として浮上するでしょう、と言ってました。


 3月1日放送分(そして2日にもリピートされた)の相手は、オーストラリア有数の富豪、企業家のクライブ・パーマー(Clive Palmer)。鉱工業会社のオーナー、鉱山山主で、2009年でオーストラリアで5番めの資産家らしい。
 推定資産総額60億オーストラリア・ドルだそうなので(wikipediaで調べた)、話半分でも大金持ちよね。

 28日分、1日分を続けて観るまで、アタシは意識してなかったんですけど。リーマンショック以降、ワールドワイドな信用危機が、各国で経済縮小を招いてるなか、オーストラリアは原料生産国、輸出国として、全体として経済状況は好調だってことなんですね。
 クライブ・パーマー氏へのインタビューでは、氏が所有する企業と中国との取引関係や中国の経済状況の話題に、多くの時間が割かれていました。

「あなたは中国にも家を持っていますね」「そうですよ、私は中国の人たちが好きなんです」「お金がすきなんではないですか。中国の人は嫌いでしょ?」「いえいえ、そんなことではないんです」「あなたは、政治的には、右寄りの人と言われてますよね。社会主義を批判してられます。中国のシステムもお嫌いだと思いますが」。
 やりとりの細かなとこはハショったけど、“HARDtalk”らしいやりとり(笑)。
 クライブ・パーマー氏も「中国は、違った社会段階にあるだけです」と返し、イギリスだって国王が支配していた時代はあったじゃぁないですか(って意味の言葉)に続ける。
 インタビューする方も、される方も、どっちも、やるじゃーん(笑)。


 3日放送分のインタビュイーは、作家のクリストス・チョーカス(Christos Tsiolkas)。
 この人の書いた小説、アタシは読んだことないけど、オーストラリアのゲイ作家として名前は聞いたことはありました。
 両親がギリシャからの移民だった、て話ははじめて聞いたな。メルボルンで生まれ育ったってことだから、ギリシア系オーストラリア人2世ってことなのでしょう。

 チョーカスの言葉によれば、オーストラリアへの移民が増えたのは第2次世界大戦後のことで、自分はその世代とのこと。これにはアタシとかは、へー、そうなんだ、って感じ。ちなみに調べたら、チョーカスは1965年生まれでした。


 “BBC WORLD Service”サイトで公開されてる“HARDtalk”の番組紹介ページでは、クリストス・チョーカスの回の紹介には、次のようなコメントが添えられてました。

Australian author hits out at 'selfish' society
 Australian novelist Christos Tsiolkas reflects on how alongside Australia's prosperity and increased affluence lie a range of simmering social issues.

 アタシなりに訳してみると、こんな風かな。

「オーストラリアの作家、“自分本位な世間”を批判:オーストラリアの小説家クリストス・チョーカス、オーストラリアの繁栄、好景気の脇で、いろんな社会問題が煮え立っていることを語る」

 インタビューでチョーカス氏が語ったことの要点は、次のような発言から伺われます。
 「(今の)オーストラリアが移民社会であることには誇りを持っているけれど、そのことで現状を肯定するわけにはいかない」「今のオーストラリアには多文化主義もみられるけれど、ようやくと言ったところ」「もし、このインタビューを1990年代に受けていたら、とても今のようには(オーストラリア社会を)語れなかっただろう」。
 実は、上に引いた3つのコメント、インタビューの内での前後関係、再編成してるんですけどね。でも、インタビュアーの質問に応じて、作家が語ったことの要点は、記したようなことだと思えました。

 チョーカスは、オーストラリアの社会は、排他主義、難民や労働者階層、経済的下層への蔑視、女性蔑視、性差別、人種差別などなどに正面から取り組んでいないと主張するけれど、自分はオーストラリア社会への帰属意識は持っている、と語る。思うにこれは「移民社会としてのオーストラリアへの帰属意識」なのでしょう。
 若い頃は、ギリシャを故郷と思っていたけれど、3,4回ギリシャを訪れて、自分はオーストラリア人だと感じた、と、なるほど。

 「オーストラリアの現実が描かれている」と評されている彼の作品に対して、一方で「古き良きオーストラリアが描かれてない」とかの批判があるそうですけど。チョーカスは、その類のコメントを貧困な批評と考えてるように思えました。

 アタシは、MtFでTGを自認してるLGBTなわけですけど。チョーカスが、あまり深くは語れずにいた、家族へのカムアウト経験の語り方に、感じるものはありました。
 概ねを整理すると、チョーカス氏がインタビューに答えて直接語ったのは、両親は自分を支援してくれたけれど、同性愛についてだけは理解できなかった、(性的指向については、家族とは)闘争だった、て言葉だけなんですけど。考えながら話してる語り口がね、よかったのだわ。
 アタシは、チョーカスの作品を読んでないので、一般論で言うだけなのですが。
 作家って自分が扱う言語には詳しいはずですけど。詳しくなればなるほど、「言葉の森」とか言われるような深みに入っていくものだと思うんですね。
 自分が扱う言葉に詳しくなればなるほど、言いたいことも増えて、かえって日常会話では不自由さも感じるようになってく、とかは、作家の生理のようなものだと思います。
 チョーカスの語り口からも、そうした感じは受けました。家族へのカムアウトについての話題からだけ感じたのでもないですけど。その話題からは、特に強く感じました。


 今週分の“HARDtalk”は、“HARDtalk in Australia”てことで。連続ものの構成うまく行ってたような気がします。
 野党政治家(マルコム・タンブル)、企業家(クライブ・パーマー)、小説家(クリストス・チョーカス)と来たわけで。世界的な信用危機、経済収縮の内で、堅調経済のオーストラリアを代表する政治家、企業家と来た後に、批判的な小説家をもってきて、うまくオーストラリアの今について、多面的にコメントを聞き出した感じ。

 アタシが思うには、2日の放送分は、多分、何かの事情で、インタビューがオチちゃったか、放送できなくなっちゃったかかな(?)と思うんですけど。“HARDtalk”のやり方だと、与党政治家が予定されてたんじゃぁないかしら(??)。ただの想像ですけど。